炎ロス

炎(ほむら)ではない。文字通り「ほのお」と読んでいただきたい。

年末、焚き火台を買った。

焚き火がしたかった。焚き火で肉を焼いてみたかった。焚き火でお湯を沸かしてコーヒーを煎れたかった。焚き火を眺めながらぼんやりしたかった。きっと私は「炎ロス」だった。

なにしろ我が家はオール電化住宅。調理するときに炎を見ることもない。仏壇がないから普段ろうそくや線香の火を見ることもない。高気密の家なので石油ストーブも躊躇われるし、煙草も随分昔にやめて、灰皿もない。

火がなくても生活に困らない。けれど最近なんだか焚き火が流行っているらしいじゃないの、と人気の動画を視聴してみたら、私の心にくすぶっていた火も灯ってしまったのだ。

私が子どもの頃、焚き火は割と身近な遊びだった。
庭の木を剪定しては切った枝を庭の横の小さな畑でしばらく乾かし、乾いたらその場で燃やし、できた灰はそのまま肥料として畑で使っていた。くべた枝の火が消えそうになっても新たな枝を乗せてフウフウ息を吹きかけると生き返ったかのように炎が立ち上る。それが面白くて飽きもせず焚き火のそばで暖をとりつつぼんやり炎を眺めていたものだ。でもいつからか、庭で焚き火をすると母が怒るようになった。近所迷惑だと。

それ以来諦めていた焚き火を、焚き火遊びを、迷惑をかけずにできるどこかのキャンプ場で、直火禁止でもできる焚き火台を買って、焚き火をするのだ! となぜか一人で意気込んで焚き火台を衝動買い。

家族を引き連れて某キャンプ場へ。適当にその辺に落ちている小枝を集め、焚き火台に投入。念願の焚き火だ。小さい火がだんだん大きくなる。それを見て気分が上がる。竹に刺した肉を焼いてみる。さらに気分が上がる。こんな原始的な調理なのに、味付けは塩だけなのに、子どもたちも喜んでいる。

ボタンひとつで火加減を調整できる調理器具とか、ボタンひとつで湯沸かしできるお風呂とか、何もしなくても快適な室温をキープできる冷暖房システムとか、最近の家はどんどん進化しているのだけど、竈門のある土間の台所とかが、実はこれから見直されていくんじゃないかなと私は思っている。

だって、そっちの方が楽しいもん。